2014年07月16日

ひょんなことから

ひょんなことから佐渡山豊「ドゥチュイムニイ」を久しぶりに聴きました。始めて聴いたのは1973年、エレックから出た時(歳がバレるなぁ)。この曲で所謂ウチナーグチの曲を(歌われているのは曲の一部としてですが)始めて聴きました。それまではウチナーグチといえば所謂「新安里屋ユンタ」の「マタハリヌ チンダラ カヌシャマヨ」くらいしか知らなかったですからね。
「ドゥチュイムニイ」の「・・・唐ぬゆから大和ぬ世ゆ 大和ぬゆからアメリカゆ アメリカゆからまた大和ぬゆ・・・人に飼われた鳩よりも/雀の方が俺は好き/金魚鉢のデメ金よりも/海に生きるタコが好き・・・福沢諭吉さんが云ってたよね/天は人の上に人を創らないと/それじゃ一体何者が/人の上に人を創ったんだよ・・・」という歌詞を、今にして思えば、遅ればせながらカミュ、サルトルを読み(サルトル、カミュの順番じゃないところがワタクシらしいところではあるが)一歩間に合わなかった70年安保闘争を半ば羨望の念をもって過去の話としながらも、「いまだヴェトナムでは戦いは続いている」な〜んて言いながら幼くかつ身の程知らずにも政治の季節に身を置こうと思った(まぁ、結局、日和ちゃったんですがね)者に対するアジと聞いた・・・いやいやそんなカッコイイものではなく単に青春の(ああ、コッパズカシイ言葉)鬱勃たる感情の捌け口の代替物として受け取ったのかもしれません。
それはそれとして、ワタクシにとって佐渡山豊が「沖縄」への導き手でした(喜納昌吉はもう少し後だし所謂沖縄へヴィーロックの紫やコンディション・グリーンには食指はのびなかった(イメージ的に違う、好みじゃないというのもありましたがね。それに第一、紫のレコードデビューは'75年ですし)・・・。竹中労プロデュースのレコード(!)で嘉手苅林昌、登川誠仁らの歌に出逢うのはずっと後の話。竹中の著作はそれなりに読んでいたのに・・・そのころ目は(耳は?)完全に洋楽に向いてたので「沖縄民謡」(この言い方はイカンのだが)に目が向いたのはずっと後のなってからでしたね・・・。
そして沖縄へ帰ってから音楽活動を停止した佐渡山が90年代半ばから活動を再開していたことに気がつかなかった・・・。


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プロフィール
偏執長
偏執長
存在の居心地の悪さを綴った文言を 叫び、かかえたストラトにもなにやら叫ばせるインプロヴァイザー(かな?)。 大病で救急車で病院へ向かい、そしてあっち側へ向かうもハーイーデースに追い返されステュクス河のほとりでカロンに1オボロス払う機会を失った過去を持つ。最近また違う病気で病院とあっち側へ向かうも、またしてもハーイーデースには追い返された…。次は三度目の正直(?)となるのか… 通称”チョイバカオヤジ”。ヒンシュクを買うDJ ”hiro”の名も持つ。
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